極真の大和魂 極真会館6段 三好かずお

檜舞台に連続9回出場

三好一男さんの写真

 三好の努力がかない、入門から1年少々で念願の黒帯を手にする事ができた。昇段に厳しく、普通4年から5年かかるといわれる程、極真会
館の黒帯には価値がある。おそらくあらゆる流派の中で、最も取得するのに困難な黒帯が極真会館のそれではなかろうか。
 ちょうどそんな時、三好は三瓶と出会った。三瓶も、もともと本部所属だが、当時早稲田大学の学生だった三瓶は、大学のクラブでの稽古、指導に忙しく、ほとんど本部には顔を出していなかった。そんな三瓶が、全日本タイトル奪取に乗り出し、再び本部に帰ってきたのだ。三好は三瓶と同じく午前10時から始まる1部の稽古に出席していた。
 その後、三瓶と意気投合した三好は柳渡聖人(現岐阜支部長)ら同期の仲間達と特訓を開始した。本部での合同稽古、サンドバックなどを中心とした自主トレ、そして国立競技場トレーニング室でのウェイトトレーニング。三好らが行なったウェイトトレーニングの苛酷さは、今でも伝説にさえなっている程だ。

練習風景

 このように三好は“打倒 中村”に燃え、狂気すれすれの稽古に精を出す三瓶の影響を多大に受けた。
 前項で述べた“もし、三誠時代と違う時期に現役であったなら―”という記者の問いかけに対し、三好は躊躇する事なく次のように語っている。
「自分にとって、三瓶先輩と同時代を生きれたという事は、大きな財産だと思っています。ただ黒帯を取れればいい、そんな程度にしか考えていなかった自分が、極真空手の本当の厳しさ、素晴らしさを知る事ができたのも、三瓶先輩のおかげですから」。
 ともあれ、三好は第9回全日本大会から9年連続して極真の檜舞台を踏んだ。
 第10回全日本大会準々決勝、三瓶との激闘。
 第12回全日本大会、左足を骨折し、ギブスを付けながら闘い抜いた闘志。
 第3回世界大会、巨漢、ギャリー・クルゼビッチとの死闘…。

 三好はいつも、闘いの中から熱い感動を与えた。武道空手、逃げ隠れできない真剣勝負に、体ごとぶつかっていくその姿は、一種の悲壮感とともに究極の美学を感じさせてくれた。